◇平成29年4月7日(金)加齢研セミナーのご案内
日時: 平成29年4月7日(金)午後4時~
場所: 加齢研実験研究棟7階 セミナー室1
演題: 正常上皮細胞はワールブルグ効果様代謝変化をがん変異細胞に引き起こし、組織より排除する
講師: 昆 俊亮
所属: 北海道大学遺伝子病制御研究所分子腫瘍学分野
担当: 松居 靖久(医用細胞資源センター・内線 8571)
要旨: 我々の最近の研究成果より、正常上皮細胞層に少数のがん変異細胞が産生したとき、正常細胞と変異細胞間で互いに生存を争う「細胞競合」現象が起こり、その結果、変異細胞は上皮細胞層から管腔側へ排除されることが明らかとなっている。このように、正常上皮細胞は隣接する変異細胞を認識し、積極的に排除する機能(EDAC: Epithelial Defense Against Cancer)を有していることが分かってきた。この動的かつ抗腫瘍的現象を調節する代謝機構を解明することを目的とし研究を行ったところ、正常細胞に囲まれたRas変異細胞ではミトコンドリア内膜の膜電位が顕著に低下していることを見出した。さらには、正常細胞と混合培養下のRas変異細胞では、グルコースの取り込みとLDHA(lactate dehydrogenase A)の発現が亢進しており、乳酸産生量がRas変異細胞単独培養時に比べて増加していた。これらの結果より、正常細胞と共在したRas変異細胞は、ミトコンドリア活性が低下し、相対的に好気的解糖系が亢進しており、すなわちワールブルグ効果様代謝様式にシフトすることが示唆された。そこで、この細胞非自律的な代謝変化を引き起こす分子機構を解明するため、代謝関連酵素の発現量を網羅的に検討した結果、ピルビン酸をアセチルCoAに変換するPDH(pyruvate dehydrogenase)の活性を阻害するPDK4(pyruvate dehydrogenase kinase 4)が有意に発現増加していることを突き止めた。そこでPDK4を欠損したRas変異細胞株を樹立し、正常細胞と共培養したところ、ミトコンドリア機能が回復し、さらには管腔側への逸脱が顕著に阻害された。続いて、この事象が生体内でも起きているかを検証すべく、腸管上皮細胞にモザイク状にRas変異を誘導できる新規マウスモデルを開発した。このマウスを解析した結果、正常細胞に囲まれたRas変異細胞のミトコンドリア活性の低下を認め、変異細胞のほとんどが管腔側へ排除されていた。さらには、腸管上皮特異的にPDK4をノックダウンすると、Ras変異細胞の管腔側への排除が有意に抑制された。これらの結果より、上皮細胞層に少数のがん変異細胞が出現するがんの超初期段階では、正常細胞の作用により変異細胞はワールブルグ効果様代謝変化がおこり、上皮層より排除されることが示された。